2010年12月31日

イチロー「猫のように…」

師走ですね。


皆様、本年度は大変お世話になりました。


良いお年をお迎えくださいませ。



鹿子前10Dec19 (6).JPG


とんねるず司会の「細かすぎて伝わらない物真似」が大好きで楽しみにしている。
 

番組後半でなぜか爆笑問題・田中さん宅に泊めてください、という企画。
 


猫好きの田中さん宅のキジ猫さんが出ていたが、テレビカメラと大勢の人たちに怯えていたようだ。
残念ながら、田中さんがキジ猫さんを思いやって別の部屋へ移動させられた。


バニーちゃん10Dec18 (5).JPG

もう少し見たかったけど、猫さんのために仕方ないですね…


で、本編の「細かすぎて…」ですが。
コラボネタで奇跡の組み合わせが2つ。


刑務所の中の受刑者ネタの芸人さんと安田・由紀姉妹ネタの女性2人組(こちらも実際の姉妹)、何とお2人が刑務所を慰問したという内容。

 
もう一つ大爆笑したのが、落合監督の現役時代の打撃を真似する方と栗山英樹さんの解説をする方のコラボ。

本当に「
Get Sports」の栗山さんを見ているようでした。

お1人でやったダルビッシュ投手の魔球ネタも最高でしたね。


刑務所慰問で思い出すのが東野圭吾「手紙」のラスト。

主人公が友人に誘われて受刑者である兄のいる刑務所を慰問する、バンドを組んで「イマジン」を歌う…という。


映画ではなぜか主人公が若手お笑い芸人コンビの1人として登場、慰問の際も漫才を披露するという内容に変わっていた。


空飛ぶ茶トラ?10Dec20 (1).JPG

 

村上春樹の「ノルウェイの森」ではビートルズの名曲がそのまま使われているようだが…。



東野圭吾氏はイマジンを主人公に歌わせることにこだわりがあったかと思うけど、著作権の問題だろうか?

ご存知の方、教えてくださいね。

漱石のねこ俳句

漱石で


「行く年や 猫うづくまる 膝の上」

という句がある。



いい句である。


「我が輩は猫である」を読んだ時は、「この人は本当に猫が好きなのか?」と思ったが(特に結末)。



イチロー「猫のように…」

NHKBS
の正月番組でイチロー選手が糸井重里氏のインタビューを受けていた。 

猫のように死にたい、猫はひっそりと見えないところで死んでいくから…と。
それがカッコいい、と。



自分は犬を飼っているけど、犬は多分猫のようには死ぬことはない。


彼の言う猫の死に場所を選ぶ、という話は諸説あるようだが。
あまりご存知ないからこういう発言が出てくるのかな、と思ったが。



イチローから猫の話が出てくるのは初めて。
意外であった。


ニックネーム suziestefan at 16:39| Comment(2) | 猫写真 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月28日

全日本フィギュア

浅田真央選手、世界選手権出場、良かったです。
村上、浅田選手にほぼ完璧な演技をされた後、美姫さん、凄い!

プレッシャーをエネルギーに変えられる、コメントも大人でしたね。

グリーグ(安藤)対リスト(浅田)の代理戦争!?でもありました。

音楽の解釈、表現と力強さにおいて安藤選手がやや上回った、といったところでしょうか?

ついでにフジ(全日本フィギュア)対TBS(亀田兄弟)…(笑)


選曲がフィギュア選手に与える影響

 
ペアのブラッスール&アイスラー組がエキシビで使用していたのがクラプトンの「Tears in Heaven」
イザベル選手の父上が亡くなられた事もあり、その選曲であった。

ギタリストの印象が強かったので「歌うこともあるんだ」と驚いた。
リレハンメル五輪では3位だったが、そのEXは1,2位のロシアペアよりも観客受けしていた。

ブラッスール組はEXであるが女性の靴を持った状態で男性が女性をブン回し、放り投げるというアクロバチィックな演技(勿論競技ではルール違反の危険な技)を初めて見せたペア。

衣装を男性女性入れ替えたり、エキシビの観客受けは最高。

そのような個性的で明るく楽しいペアなので、彼らが五輪でプロから一時的に復帰したゴルデーワ組、ミシュクテノク組と同じようなクラシック曲でフリーを滑ったのは誤算であった。

バレエの伝統、練習量が違うロシア勢と同じ土俵で滑っても勝ち目があるわけが無い。

ゴルデーワ&グリンコフはフリーは「月光」、ミシュクテノク&ドミトリエフはラフマニノフ。

ナタリア・ミシュクテノクはドミトリエフの片足にしがみついて頭部を男性のスケート靴方向に逆立ちのような状態、女性の片足が男性の肩上に来る、そのようなペアスピンを初めて演じたペア。

M&D組が観客受けが上だったが、五十嵐氏曰く「氷の削り滓も飛ばず音もしない」G&G組の勝利。

M&D組のタマラ・モスクビーナコーチが「司祭が好きな人もいれば司祭の娘が好きな人もいる」だったかロシアのことわざを引き合いに出して当時の審判の判定をやんわりと批判していたのが印象的。

彼女の教え子たちの採点には観客がブーイングしていたこともあってのことだろう。

「ラストエンペラー」は中国の陳露選手が世界選手権初優勝したフリー曲。
トーラー・クランストンの振付と共に素晴らしいプログラム。
その翌年、M・クワン選手に当時の採点基準で「6.0」が2選手も出るという高水準の対決で「サロメ」で滑ったクワンがラフマニノフで滑走した陳選手に勝利。

トリノ五輪当時は「戦メリ」は安藤選手に大人すぎる選曲だったが、現在の美姫さんならば表現できるかと。

織田、安藤選手の今季のフリーはグリーグのピアノ協奏曲。
知らない作曲家であったが、曲は聞いたことあったし威勢良くジャンプを飛ぶためにはいい選曲だと思う。

今季、仏のアモディオ選手がMJメドレーでフリー、名匠モロゾフ氏は新しい表現者を得て振付も新境地、という印象。

フィギュアスケートの競技用音楽の編集って選手が自らやるのか,それ専門の人がいるのか知らないのですが選手がやること考えたら大変な手間。
ご存知の方いたら教えて下さいね。

コーチや振付師(この2つは兼用のこともある)との相談もあるし特にジャンプが「この派手な特徴ある音の時に飛ぶ」、そういうのを巧くやっているのが今季の村上佳菜子選手のSPです。


湊かなえ「告白」を読みかかったけど、猫好きにとって耐えられない描写があったので途中で止めました。

面白い、引き込まれる文体ではあるのだけど…


映画の中の猫

昔見た映画のパンフを引っ張り出して見ていたら。

ビレ・アウグスト監督の「ペレ」とベネックス監督の「ベティ・ブルー」に猫ちゃんが。

「ペレ」では主人公のペレ少年が雇われている農園で牛のミルクをこっそり子猫にあげようとして少年管理人に見つかる、その場を許しては貰えたかと思ったが、結局苛めにあう。


「ベテイブルー」ではかなり重要な場面で白い猫が登場。

好きな映画なのに忘れていた。
見た当時は猫に興味が無かったから。

ペレ少年の場合、長い映画なのでさほど重要な場面ではないが、親子(父親役は名優・マックス・フォン・シドー)揃って移民してきて慣れない土地で苦労しているのに更に弱い存在である野良の子猫に…ペレの優しさが垣間見える場面である。


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ニックネーム suziestefan at 22:29| Comment(3) | フィギュアスケート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月25日

The Smith (Bigmouth Strikes Again)

The Smith その2(歌詞について)

スコットランド人のALT、N君に英会話を習っていたことがある。
その時、日本人には不慣れなディベートを授業でやる前に
Metaphor Simileについて分かり易く説明してくれた。
どちらも「比喩」で隠喩と直喩の違いである。


例文を書いてみよう。
Metaphor
とは、「Princess Dianna is English Roses
「You are my sunshine」という有名な曲があるが、これも同様の表現。

Simile
とは「Princess Dianna is like English Roses

人間は人間であって花ではないのだが、故ダイアナ妃がバラの花を思わせる女性である、と例えているので隠喩。(Metaphor
〜のような(
like)、を使って「バラの花のようだ」で直喩。(Simile

LadyなのかPrincessなのか。Roseaと単数なのか, theなのか迷ったが、敬称と冠詞の問題はここでは論じない。どなたか正解をご指摘下さい

The Smithのモリッシーが書いた詩はよく文学的と言われる。
ここではその一部を採り上げる。


Bigmouth Strikes Againの一部抜粋。

Now I know how Joan of Arc felt As the flames rose to her roman nose And her Walkman started to melt 

「今(火刑にされた時の)J・ダルクの気持ちが分かるよ。炎が高慢ちきな彼女の鼻にかかった時、ウオークマンが溶け始めた」


ジャンヌ・ダルクの時代にWalkmanなどあるわけが無い。

roman nose
というのも比喩であるし、強い信仰心のために他者の話を聞かない…の喩えなのだろうか?

最期の瞬間まで自分を貫き通そうとすると、
Joan of Arcのようになるよ、大口を叩くとね…、そういった意味になるのかな?(「Bigmouth Strikes Again」という題、これも意味深である) 

ゲイであるという
sexuality、ステージ上でジーンズのお尻にグラジオラスの花束を挿して歌っていたこともあってよく女々しいと言われるモリッシーであるが、私はそのように感じない。

彼の発想はやはり男性のものである。
 

今後もスミスの歌詞については追記する。


この曲に興味を持った方、聴いてみてね。


quelque chose de fantastique 

キジ母子10Dec05 (3).JPG

The Pale Fountainsの記事を書こうと思い、検索したら「quelque chose de fantastique」なるHPを発見。

この男性、英語力も相当なご様子で好きなバンドを列挙したリストを見るにつけ、非情に自分と似た傾向の嗜好をお持ちで嬉しくなった。
 

ベージュ二匹10Dec12.JPG

書いておられる内容も唸らされる。 
BBSに投稿したいのだが、クローズされている…残念。
別の
HPを始めておられる可能性もあるのだが…。


偏見の被害者・音楽編  

私は特定のバンドに対して友人やロック誌上で夢中になっている人の熱い思いを知るにつけ、ヘソを曲げてしまい「何でAのどこがいいの、Bのほうがずっと才能あるのに」と思ってしまうクセがあった。

エコー&ザ・バニーメン、ジャパン、ザ・スミス等がその偏見の被害者であった。
 

彼らのことも普通に好き、というか他の人が夢中になっているから私が騒ぐ事もないかな、というかんじで。
 

ここ数年、今更のようにザ・スミスがマイブームになっている。 

Wikiで調べたら、スミス解散後のモリッシーのソロ来日公演も解散から間もない頃は日本武道館等、キャパの大きな所で開催。

しかし後年、ライブハウス級の小さな場所で公演していた様子。
 

離れていった人達はどうしているのかな?

検索したら熱心なファンはたくさんおられるのだけど。




ニックネーム suziestefan at 22:14| Comment(2) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする