2012年01月23日

ネコ学

NHK教育で猫を6匹飼っておられるとよた真帆さん司会で「ネコ学」という番組がある。全4回。
とよたさんの飼い猫のうち、長毛種のグレーの猫がブルーといっていいような美しい毛並みであった。呼びかけた時に目を細めるようならば、その猫と人間は信頼関係にある、と見なしていいそうである。
現代では猫絵画や猫グッズを創作する作家は数多くいるが、日本におけるその元祖!?らしきArtistも番組で解説された。財政難にあえぐ福井藩の殿様に絵心があり、鼠除けに猫を描いてくれという依頼があったとか。絹糸の生産が盛んな地域では蚕を食べる鼠に困り果てていたから、ということであった。「お蚕様」という表現でつい「野麦峠」を思い出した。招き猫については諸説あるが、番組で紹介されたのは貧しい老婆が飼い猫を手放さなければいけなくなり、その猫に猫の人形を作ってはと提案され、老婆の作った猫人形が大層な評判となったという逸話。

中野翠氏が芥川龍之介のことを日本文学において最高の「顔文一致」と書いていたけど。うまいこと言いますね! モディリアニは美術界において、「顔絵画一致」、ジェラール・フィリップは仏映画界演劇界において「顔演技(声も)一致」ですね。この3人、ほぼ同じ年齢で亡くなっておられるし。

On January 21st, Saturday, Kenji Johjima baseball school for kids was held in Sasebo baseball stadium. It was one-day lesson for primary or junior high students. Johjima and his fellow baseball players attended and helped them to teach how to pitch or play at bat. Lots of attendants and audience enjoyed to watch out their professional plays and way of their idea that amateur players never experienced usually. After their practices, exhibition game was played between Team Joh and some chosen jr. high players. As the boys was high level players, the audience enjoyed watching game very much.

1月21日(土)。炭谷、青松選手は帰っていた様子。城島健司少年野球教室が開催。城島選手は打撃指導。スイングの速さ、打球音の大きさ共に他の子と違う子がいた。バットを背中側に後方に両手で抱えさせるということ(打撃姿勢の安定の為なのか?)を他の少年にはさせないのにその子にだけは指導(時間も長め)していた。野球少年たちを指導した後、中学生選抜とチームJoh(お揃いのユニ着用)の親善試合。ジョー組の投手は仲澤選手。
強烈な当たりを放つ背番号10番の少年。一見、「おかわり君」型の大砲かと思えば、足も速い!3塁を廻ってホームタッチアウト! 俊介選手の打球方向を予測したかのような華麗なプレーも。 客席が沸く。3年生が引退後、1,2年生中心のチームだからか、背番号10の子が多い。時期エース、主将候補ということかも。プロ組のほうが2対1とリードした最終回。怪しいエラー(主観です)がプロ側に頻発。中学生が追いつき、逆転。試合終了後、ジョーからの挨拶が。素晴らしいスピーチ内容だが、 「来年、会えるかな」という気になる発言が。若い投手陣や有名野手がジョーを慕って弟子入りしていた時期からすれば、観客も減っている。弱気はらしくないよ、ジョー。クソ生意気でノムさんに売られた喧嘩を買う、それがジョーだよ。

城島捕手自主トレ最終日。出遅れた!選手達帰っていた。城島BB記念館に行けばファンの皆様と会えただろうけど。球場で会った方々、お世話になりました。楽しかったです。See you soon.
和田投手アメブロだったのね。意外。入団当時からブログやってたし。野球選手のブログでは何と言っても故藤井将夫投手が早かった。打倒真鍋かをり、で始めた古田捕手とか、井川慶投手(鷹が獲得希望!?微妙。。。)も昔からブログやってましたね

ダルビッシュ投手の札幌ドームでの会見
ファンの前で誠実な受け答え。相手チームの打者が自分との対戦を嫌がるような発言が引っ掛かった、という。以前「西武やホークスの打者はガンガン打ってくるが、自分に対してはそうでなくなった」、ゴロの間に1点とか、いわば汚い点の取り方をするようになったのが不満、という報道があったが。
一番印象的な試合は、というと06年CSでの和己投手との対戦だという。10年の杉内投手との0対1の試合ではなく? これは怪我で何年も投げられずにいる和己へのエールもあるのだろう。また、自身もいつ、そのような状況に陥らないとも限らない、投手である限り。私が最初にダルビッシュ投手を凄い、と認識したのは高2(春なので実質高1)の春の選抜。平安高校の服部投手との延長戦、息詰まるような投げ合い。三振の数は服部君のほうが上回っていた。次の試合、腰かどこかを痛めたダルは一転、打たせて取る投球。東北高校にはもう1人、小柄で横手投げの眼鏡をかけた真壁投手との2枚看板であった。紅顔の美少年のダルと好対照。野球漫画のような。
決勝は木内監督率いる常総学院と。名将は「あの人が出てきたら、打てない」と言った。ダルビッシュを特別視した野球人の発言を聞いた、最初である。試合は常総の勝ち。以後、後に宿命のライバルとなる横浜高校の涌井投手も含めて、甲子園での優勝経験が無い。この2人がパリーグに来た頃から、投手王国であったホークスが苦戦を強いられることとなるのだった。しかし、パリーグのレベル向上には不可避な入団であったのだ、今から思えば! ダル、岩隈、杉内、和田投手が去ったパリーグ。投手のレベルが高いパから面白いカードが無くなる事が心配である。ホークスを応援する私も「ダル対涌井」の試合を気にしたりしていたのに。山田、大場、岩崎投手、頑張れ!私にこんな事言わせるな。


三瀬、城島12Jan15.JPG

ドラゴンズ・三瀬投手12Jan18 (1).JPG

城島健司捕手12Jan21(5).JPG

中日ドラゴンズ・三瀬投手12Jan17.JPG

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タマ11Dec10 (2).JPG

タマと黒白11Dec21.JPG


ニックネーム suziestefan at 14:52| Comment(10) | 猫番組、映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月20日

小林一茶の猫

岩波文庫の 「新訂 一茶俳句集(丸山一彦校注)を借りた。寛政、享和、文化、文政の27歳から64歳までの句を収録。一茶が猫を詠んだ句は数多いという。宝暦十三(1763)〜文政十年(1827)年の生涯で何匹の猫と出会い、句に詠まれたのであろう。洗ひ猫、というのが分からない。猫が自分で身体を洗う、舐めて化粧をすることだろうか、それとも一茶が洗ってやったのだろうか?梅の木の上や縁側で乾かしていた、如月の頃だろうからまだまだ寒い時期だったのかもしれない。
松岡正剛氏の千夜千冊『一茶俳句集』 小林一茶の項では「だからぼくには、こういう知られた動物の句よりも、同じ生き物の句でも、たとえば『猫の子がちょいとおさへる落葉かな』や『一つ蚊のだまってしくりしくりかな』のほうが、ずっといい。」と、ある。知られた句というのは、「我と来て遊べや親のない雀」、「雀の子そこのけそこのけお馬が通る」などのことである。松岡氏の書評にとてもはまっている私であるが、全て引用するととても長くなるので、興味のある人は氏のサイトをご覧頂きたい。

私が一番好きな句は文政十二年、53歳の時に詠まれた「猫の子の命日をとぶ小てふ哉」である。
命日まで覚えているとは、相当その猫を可愛がっていたのであろう。小さな蝶になって一茶の前に現れたような心持ちがしたのであろうか。

「ぽちたま」で数年前、「土曜日のにゃんこ」でつい最近、小林一茶記念館を紹介していた。
近所の飼猫兄妹が開館時間よりも早く遊びに来て、館長さんが鍵を開けてあげていた。まさしく「迎に出たる庵の猫」である。最近放送された記念館映像ではその兄猫の姿が無かった。妹の三毛猫が紅葉の中を散歩する姿に「落葉かな」の句を詠みあげるアナウンサー。

私も詠もう。「かさかさと 三毛がひとりで 踏む落ち葉」「兄いずこ かげ膳枯葉の お皿かな」…館長がご飯皿を一匹分しか用意していなかったので、勝手に判断して詠んでみたのだが。
以下、一茶の俳句
「火の上を上手にとぶはうかれ猫」「庵の猫玉の盃そこなきぞ」「なの花も猫の通ひぢ吹とぢよ」「あまり鳴て石になるなよ猫の恋」「陽炎にくい/\猫の鼾かな」
「蒲公〔英〕の天窓はりつゝ猫の恋」「綿くりやひよろ〔り〕と猫の影法師」「陽炎や猫にもたかる歩行神」「嗅いで見てよしにする也猫の恋」「紅梅にほしておく也洗ひ猫」(自筆本は「紅梅や縁にほしたる洗ひ猫」)」「鼻先に飯粒つけて猫の恋」「猫の子が蚤すりつける榎かな」
「うかれ猫奇妙に焦て参りけり」「寝て起て大欠〔伸〕して猫の恋」
「大猫の尻尾でじやらかす小てふ哉」(八番日記は中七「尻尾でなぶる」)「猫の子や秤にかゝりつゝざれる」「梅咲やせ(しや)うじに猫の影法師」
「猫の子のくる/\舞やちる木のは」「猫の子のほどく手つきや笹粽」(文政句帖は「笹粽猫が上手にほどく也」)「猫の飯相伴するや雀の子」「蝶〔々〕を尻尾でなぶる小猫哉」(文政句帖は中七を「尻尾でざらす」)「しぐるゝや迎に出たる庵の猫」 歩行(あるき)神 ― 人にとりついてそぞろ歩きを誘う神。
While plum blooming, I see the cat’s silhouette of the shadow through the paper screen. 
translated by suzielily

城島健司捕手の佐世保市営球場での自主トレ初日
弟子入り選手は三瀬投手、仲澤内野手、炭谷銀仁郎捕手、青松選手、阪神の藤川俊介、野原、原口選手。女子アスリートは以前から弟子入りしていたラクロスの山田選手やゴルフの選手達。男子選手と同じ練習量をこなすのは大変かと思う。トレーナーのうち1人は以前Hawksにおられた小柄で恵比須顔の方。試合中、怪我をした選手に駆け寄る姿をご記憶の方もおられるだろう。練習メニューを「これ、最初に考えた人、誰?」と聞いていたが、以前ジョーの個人トレーナーだった藤田先生だったのかも。
長崎ローカル番組の「プロ野球長崎県人会少年野球教室」や王貞治氏の特集でインタビューに応えていた城島捕手を見ていたので、髪が伸びていたのは知っていた。練習中のグラウンド上では髪型やウエア等で各選手を判断するしかないが、遠目に見たらジョーがどの人か分からない!「練習の鬼だな」と他の選手を冷やかしている声でやっと分かった。祝日だというのに見学者が少ない。30人以上、50人未満といったところ。
馬原、三瀬、寺原投手が揃い踏みしていた頃。ヤクルトの田中内野手、中日の「スーさん(ご本人曰く落合監督が命名)」こと鈴木投手、マリナーズ傘下3Aにおられた坂本外野手(素敵な方であった)もいて大変華やかだった。その面子に更に和田投手が参加した年度、多村外野手が来た年…日本一豪華な自主トレメンバーであった。平日でも土日のような人出であった。
今年のジョー。伸びかかった茶髪にパーマが馴染んでいない印象で、派手な目鼻立ちには以前の髪型が似合っていたように思う。阪神の原口選手がFスケートの小塚選手に似ていて爽やかな印象。ジョーのサインも確保。名前と背番号しか書いてくれないので…ダイエーも含めて4球団在籍時の各サインを所持しているのだが、自分で付箋紙でも貼っていないと分からない。


1月15日(日)。城島捕手率いるチームジョー?(ユニフォーム有り)は地元の野球チーム(レベルも高い)と対戦。自主トレを見ているだけでは変化が無いので、試合形式のほうがやはり面白い。
ウグイス嬢がジョーを「佐世保が生んだ日本一の」というので何と紹介するのだろうか、と身構えたら「釣り師」とアナウンス。仲澤選手を「佐世保を知りつくした男」、俊介選手を「球界一のチャラ男」などと観客の笑いを誘う。選手達の案なのか、彼女の機転なのか知りたいところだ。
ジョー組は表の攻撃。サード城島は3番打者。三瀬投手はライトの守備。1回の表、ジョーは鋭いスイングのファールで粘るが、四級を選んで一塁へ。寒さで耐えられず、最期まで見ないで帰宅。

1月17日。久々に福岡のファンや横浜から移転してこられた方と再会。今日は城島、三瀬さんは早く引き上げる。若い野手陣は打撃練習など。1月18日。球場に来たらジョーは既に居ない。
ラクロスの山田選手が取材を受けている。オーストラリア代表なので、もう日本代表としてプレーできないそうだ。ラクロス認知度(報道ステーション女子アナが選手でしたね)をあげるために尽力しているご様子。「自分はサッカーでいうところのボランチ」等々、分かり易い例えも。
三瀬投手にサインを頂く。
他のファンの方からの話を聞くと、以前あったトレーニング内容は短めで短距離ダッシュ(以前は田中弘康内野手、坂本外野手、馬原、寺原投手などタイムの速い人が弟子入りしていた)なども少ない様子。ジョーさんの体調に合わせているのかも? 
一塁手城島。。。ご本人は監督の意向に従うように言っておられたが。入団間もない頃、ジョーを捕手に向かないから一塁手という意向を若菜コーチが反対したそうな。その頃と年齢的に難しい時期の今では意味合いが違う。
ジョーさんの心境やいかに。
球場で会ったファンの皆様、いつもお世話になっています。1人で来ているので、皆様とお話できて楽しいです。

Kenji Johjima, the cather belongs to Hanshin Tigers who was born and raised in Sasebo,
he has been training for these couple of years at Sasebo baseball park before spring camp of NPB.
Being attracted to his leadership, not only his fellow younger players of Tigers but also other team's members, including his former teammates, such as Nakazawa and Kohji Mise get together and played in his "home ground".
Since his youger age at Ainoura primary school, he assumes there as his grass roots.


ニックネーム suziestefan at 15:06| Comment(2) | 猫を題材にした書籍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月08日

黒澤映画の猫

「まあだだよ」をTVで途中から見た。BSジャパンは番宣で内田百閧「随筆家」と紹介していたが、「サラサーテの盤」を読んでいないのか!作家、小説家という紹介であるべきところを…猛省を要す。
百閧フ弟子たちが師の長生きを冷やかして(実際は長寿の祝いなのだろうが)「摩阿陀会」を主宰、弟子の子や孫までも集まる人望…百閧フ師匠である漱石でもこんなに多くの人が集まったであろうか?、という人数であるのに私は驚いた。が、それは映画の演出なのか?黒澤明監督は天皇とあだ名されるだけあって、完全主義者であるという。
しかし、「史実に忠実」であることとは関係ないのかもしれない。どちらなのだろう。そう言えば同じく漱石の弟子である芥川の原作を映画化した「羅生門」も題からして実際は「藪の中」である点から大幅に脚色してあった。

脱線ついでに、芥川と百閧ヘ海軍士官学校だったか、教師として同僚だった時期がある。百閧フ随筆に漱石と龍之介を書いた作品集が文庫であるので、一読をお勧めする。
話を黒澤映画に戻して、劇中劇!?「ノラや」のパートだけを録画した。この映画は黒澤作品の中では「なあんにも起こらない」のである。事件らしい事件と言えば、(全編見ていないが)百閧フ飼い猫ノラが失踪して、内田夫妻の悲嘆にくれる様、弟子達もご近所の方々も「たかが、猫」と馬鹿にせずに真剣に彼らと猫の心配をしていた場面であろう。内田夫妻の人望の厚さが窺われる。

「三味線作りを目的とした猫捕り」の可能性を示唆する大声の無神経な警察官が登場するが…何と、坂東英二であった。黒澤監督、坂東氏にどんな印象を持っていたのであろう、失笑した。

松村達夫の熱演もさることながら、内縁の妻役を演じた香川京子の美しさ、品の良い佇まいにうっとりとさせられた。彼女は確か若い頃、谷崎原作の「猫と庄造と二人のをんな」の映画に出演、それも持参金付の我儘後妻、福子役である。この映画は未見であるが、前妻の品子役を山田五十鈴が演じているし、見たい。
百閧フ弟子のうち、所ジョージが強烈な個性を消して登場していたのにも黒澤監督の厳しい演出を垣間見た。夏服の白いスーツ姿など、昭和初期の文士然としていた。

ノラが失踪する直前、地方に講義に出た百閧ェ停車駅の中でノラらしき茶白の猫を見かけた。
芥川も自殺の前にドッペルゲンガーを見た、というが…映画ではその点には触れていなかったが、私はその場面を見て直ぐに芥川の事を思い出した。
ノラ失踪にまつわるエピソードは長尺であったが、後に飼猫となるクルツについては映画中、僅かにふれただけ。これはNHKの猫と芸術家のドキュメンタリーで百閧フ回でも同様であった。

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ねずみと猫指輪11Dec04.JPG

タマちゃん11Nov27.JPG

茶白と水仙11Dec10 (1).JPG

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ニックネーム suziestefan at 18:39| Comment(2) | 猫を題材にした書籍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする